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 ――夏。夏休みという学生ならば誰もが手放しで喜べる三大長期休暇中最長を誇る休暇の真っ只中。誰か地面にメモリが狂った床暖房でも設置したんじゃないの? と、どちらかといえば太陽が発する熱射線よりも下から迫り来るような湿気の塊に参ってしまう典型的日本的夏的気候と、人間の平均体温はとっくに突破している気温の中ではさすがに『家=寝るところ』が常な麻弓=タイムも外出する気にはなれなかった。
 んじゃま、たまには部屋の整理でもしますかねーと、一年どころか人生単位で見ても滅多に思いつかない提案を脳みそが出したのはやはりこの馬鹿みたいな気候のせいも多分にあるだろう。
 自室、和室に二つある窓を全開にして、人間界に移住してきてから購入後ずっと買い換えたことのない、もうこうなったらぶっ壊れるまで使ってやんよと指差し、打倒エアコンをともに誓ったわりにはなんだかここ三日ほど首振りに元気のない旧型扇風機の風力を最大にしたあとで、初めに取り掛かった箇所で躓いた。
 パソコンやAV機器に明るい人なら誰もが体験するであろう問題。

バンコンサクセツ御勘弁

「うーあー……ここがこーなってそこがあーなって……」

 黒だったり白だったりするそれを右へ左へ上へ下へと移動させる。これを右にやるとあれが下に行き、それを左にやったらお前どこから沸いて出たんだよといった具合に今まで巧妙に隠れていた刺客が上からひょっこり姿を見せる。

「……うがーっ!」

 約三十分間に及ぶ長期戦の果て、投げやりに敗北を受け入れた麻弓はそれを放り投げた。いや結構もったほうだよ私にしては。健闘を称えてくれる仲間も観客もいないからセルフ慰め――やらしい意味ではない――をしようとしたら、投げたそれが目に入った瞬間、健闘を称えるどころかなんだか馬鹿にされているような気がしてそれも止めた。
 思いのほか集中していせいだろう。ワンピースと肌の間は汗が接着剤のように張り付いている。

「完全コードレスの時代、カマンなのですよ〜」

 いくつもの電源やらUSBやらのコードが複雑に絡み合ってまるで茨のようになっている。棘がないのがせめてもの救いだ。

「はーあ」

 疲れた。達成感のない作業はひたすら疲労感だけが募り、まして問題が解決しないとなればストレスも溜まる。
 仰向けに寝転んだ。馴染んだ畳の感触。背中が気持ちいい。片方の頬も乗せてみる。もうすっかり古くなっているせいか伊草の香りはとっくに失せているけれど麻弓はこの部屋の畳が好きだった。他人の部屋の畳もフローリングの床もどうも自分に馴染まない。これだけが唯一、無条件で麻弓を癒してくれる。
 ずっと至近距離に焦点を合わせていただろうか。視界が歪んで天井の木目を数えられない。

「土見くん……」

 ふと呟いたとある少年の名前。いや名字か。一日に何回くらい口にしてるだろう。本人に呼びかけるものから他者との会話の中で出てくるもの。
 そして最近取り分け多いのが、一人でいるときに、今みたいになんとなく呟いてしまうもの。
 どっかの馬鹿のせいだ。こんな意識してしまうようになったのは。
 大体何故今になってそんな昔のことを言い出したのだろう。

『面白いからに決まってるだろう?』

 脳内幻聴だ。脳内だけれど幻聴。おかしいか? けど他の表現が思いつかない。
 間違いなくあの野郎はそうほざく。台詞から声の調子まで寸分狂いのない自信がある。
 ついでにいつものにやついた面まで一緒に浮かんできたので掻き消すように振り上げた右手を畳に振り下ろした。
 強すぎた。痛い。ちょっと涙目。

「好き……なのかな、やっぱり」

 なんだか奴の思い通りに誘導されているようでむかつく、けれど、あの屋上の一件以来、彼を意識するようになったのは確かで、その前だって、なんとなくいいなあ、と思っていたのは確かで、何よりも確かなのは彼を思うたびに様々な未知の反応を見せてくれやがるこの胸で。
 ちっちゃいけど。
 うっさいわ。
 身を切るノリツッコミもいまいち冴えない。うーむ。

「どーしたもんかしらねえ」

 ため息と愚痴を混ぜて吐き出してみたら少しはすっきりするかなと思ったら余計に重苦しくなった。
 問題多すぎ。ライバル多すぎ。
 そして麻弓的最大懸案事項。
 彼女のことを裏切りたくない。
 彼女が彼のことを誰よりも想っているのは身近で接してきた麻弓は誰よりも理解している。
 だからずっと彼女を応援してきたしさりげなくフォローを入れてみたこともある。
 それが今や、ねえ、彼女と敵対関係に立とうとしているのですよ?
 ちょっと前の自分をここに呼んだら正座させられたまま小一時間説教されること請け合いだ。

「あーあー」

 蝉うるさー。ミンミンミンミン鳴いてんじゃないわよ。そんなに子孫を残したけりゃ無理矢理産ませりゃいいじゃない。

「ごめん。言い過ぎましたすんません」

 ずっと地面の中にいたんだもんね。やっと出てきても少ししかない寿命なんだもんね。  最低だよあたし。どこまで落ちりゃ気が済むのよ。
 窓際に吊るされた衝動買い商品ナンバー085の風鈴は逆立ちした際に踵で粉砕して以来、今や紐だけがそこにあった証拠を示すとともに音を鳴らす機能を失くしてただただ風に弄ばれている。
 部屋の隅でほっとかれたままのこんがらがったコードを見やる。
 あれと今の自分の心情。一体どっちが複雑かしらねー、とか考えて自嘲してみたり。
 どっちも最初から絡ませようと思ってそうなったわけじゃない。気がついたらそうなってた。絡ませるのは簡単なのに、というかその気もないのに勝手に絡まるくせに、解くのは難しいってのはどうなのよ?
 知恵の輪とか考えた奴ここに直れって感じ。なにが面白いのかさっぱりわかりゃしない。

 ――らしくないかなー、いつまでもウジウジウジウジ。

「っうし!」

 これが無事、解けたらちょっと前向きに考えてみようかな。
 気合を入れるように声を上げてから起き上がり再び作業に戻る。
 自分はこれが解けて欲しいのか欲しくないのかどっちなのかしらねえ。
 人と人との関係が錯雑して、でもそれ以上に自分の心が纏綿して。
 達成感とかご褒美とかいらないから、あたしから大切なものを奪っていくのだけは勘弁してください、ってこれが一番贅沢な願いじゃない、とかまた自嘲して。
 人生初と銘打っていいくらい作業に没頭していたせいだろう。
 いつのまにやらコードの集合体はデジカメ用の黒い充電コードとパソコンの白い電源コードのみになっていた。
 最後の結び目がはらりと解ける。
 頬を叩いた。
 だから強すぎるんだってば。
 涙目を擦る。
 麻弓は勢いよく立ち上がると階段を滑るように下りて玄関を飛び出した。


掲載日
2008/01/08
改訂日
2008/01/23

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更新日:2008年1月27日
作成者:あきゅら
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