「……ねー」

 オレより少し先を歩いていた彼女は、訝しげな表情を浮かべながら振り向いた。

「なに?」
「なんで、そんなに離れて歩いてるわけ?」

 当然といえば当然の疑問。
 オレと彼女の距離は、目測だけど10メートルはあると思う。
 朝の通学路。
 天辺目指して昇り続ける太陽は、直に見るにはちと眩しい。

「さー。お前の方が、歩くの速いってだけじゃない」
「そう? このくらい、普通だと思うけど」
「じゃあ、お前の方が足長いとか」
「それは……否定できないわね」
「いや、否定しろ」
「冗談よ」

 笑ってる彼女の顔は、天辺目指してる太陽に負けないくらい眩しい。
 直に見るには辛いくらいに。
 今は、まだ。
 だから――。

「で、なんで離れて歩いてるわけ?」
「しつこいなー、お前も」
「気になるでしょう」
「なんで?」
「なんでって……」

 少々考えた後、彼女の口から出てきた言葉は、

「気になるじゃない。なんか、あたしが悪いことしたみたいで」

 彼女らしい意見に思わず笑いがこぼれる。

「心当たりは?」
「ないわよ。だから余計に気になるでしょう」
「大丈夫だって。別にお前が何かしたわけじゃないから」
「本当?」
「マジマジ」
「じゃあ、なんで――」
「あー」
 再び同じ問い掛けようとする彼女を遮った。

「何よ?」
「お前、今何時か分かってる?」

 今までの会話中、オレたちは一歩も歩いていない。
 時間? と首を傾げ、腕時計を見ながら顔色の変わって行く彼女を見ているのは面白かった。

「遅刻じゃない!」
「その通し」
「冷静に答えるな! もう、走るわよ!」
「へーい」

 二人揃って走り出す。
 天辺目指して、上へ上へと一生懸命な太陽に照らされながら。

「あとで絶対答えてもらうからね」
「は?」

 先を走る彼女が叫んだ。

「だから、さっきの答え。絶対にあとで聞かせてよ」
「あー、あとでなー」

 期日を言われていないのだから、「あと」なんていくらでも解釈出来る。
 この辺、彼女らしくない詰めの甘さだと思ったけど、状況が状況だけにそれもしょうがない気がした。

「あーもー、遅刻したら北川君のせいだからね!」
「なんでじゃい」
「あんたがさっさと答えないからいけないのよ!」
「美坂さんがしつこかったのが一番の原因と思われます」
「煩いわね!」

 さっきの答えは、何時になったら答える事が出来るだろう。
 彼女と離れて歩く理由――。

「もっと早く走れないのー!?」
「いーからいーから。オレのことは気にしないで、もっと先に行ってくんなー」
「はー?」

 今もどんどん離れていく彼女の背中は、気を抜いたら見えなくなってしまいそうなほど、今のオレには遠い。

「すぐ追いついてやるよー」

 彼女の隣を歩くのは、どう考えても今のオレにはまだ早いし、そうやって胸を張れるほど今のオレには確固たる自信はない。
 それが、今のオレと彼女の間にある確かな距離。自分が勝手に作った、でも確実に存在する隔たり。
 でも、今はそれでいいと思ってる。

「言ったわね。これでもあたし、足速いんだから」

 そう言って、さらに速さを増す彼女。
 広がっていく二人の距離。
 けど、これ以上離される訳にはいかないから。

「望むところじゃーい」

 子供の頃も思ってた。
 何時もオレの頭の上を昇っていく丸い輝きを見上げながら、何時か絶対に追い付いてみせるって。
 何時か絶対に同じ所まで辿り着いてやるって。心から。
 大きくなった今、目標は変わったとはいえ、そう思う気持ちはあの頃と少しも変わっていない。

「絶対、絶対に追いついてやるよ」

 今もオレの上を行く太陽はあの頃と何も変わってない。
 それどころか、オレが生まれるもっともっと前から昇り続けているんだ。
 何処までも広がる青い空の天辺目指して。

 子供の頃太陽を追い掛けて毎日外を走り回っていたオレは、今はまったく別の、でもきっと太陽よりも大切で魅力的なもにに追い付こうと毎日必死になっている。
 今度は、今度こそ、置いて行かれないように。
 そして追い掛けて追い掛けて、もし追い付く事が出来たその時は――。

 今日みたいにお天道様が微笑む空の下、彼女の隣を笑って歩きながら、あの問いに答えたいと思った。



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